2月1日
ネイティブ・アメリカンの酋長と語る (わたしの過去世であり、わたしの守護してくれている存在) 何も誇れるものがないという事を幸いと思いなさい。 わたしは酋長だった時、皆はわたしに従った。 それはわたしが酋長だからだ。 わたしに意見する人もいなかった。 わたしはその地位にいて力を持っていたからだ。 そしてわたしは望んだ。 わたしから地位も名誉もなく 女であって それでもわたしはこのわたしを深く愛する事が出来るか? そしてこのわたしは何も誇れるものがなくても 人生を尊び、喜び、人と手をとり生きていける事が出来るか? そして人はこのわたしを何も持たずともこのわたしを受け入れてくれるか? それを試してみたかった。 わたしは神に願った。 偉大なるわたしでなくても このわたしは愛されるに値する人間でいたい。 それを知る為に経験させて下さい。と。 今世、あなたが屈辱的な出来事や苦痛が多かった事をわたしは知っている。 流した涙がどれだけだったか、知っている。 さて、 強さを試す為に、勇気を試す為には 試練というものがある事は避けられない。 抑揚がある事で物語は生まれる。 高みからどん底まで その全てを知り得る事はこの地球で体験出来る 特権でもある。 あなたはそれを望んだ。 それは絶えず経験した事がない事を望むという 欲求からだ。 苦難の中での愛の挑戦でもある。 厳しい状況でも愛を持ち続けられるか? のチャレンジでもある。 穏やかで平和だけがある時 あなたの中の愛は試される事が出来ない。 揺さぶられてもう希望もないと思えるような状況の時に…、 深いあなたの奥にある魂の愛が試される経験が出来るのだ。 さてここまでで あなたはわかって来たと思う。 そしてこれを読んでいる誰もが同じだと言うことを…。 今どんな状況であっても それは自分で望んだ事だとわたしは伝える。 それにいくら反論してもそうなのだ。 この人生は始まればそのまま自然に起こる事は起こる。 あなたはそれを体験していく事で、それがどんなものかを知る。 それが体験の宝である。 安心しなさい。 この宝はいいものだとはわたしは言っていない。 これはとてつもないきつく辛い経験でも とても価値ある事だったという事だ。 そして心地よいというものだけが 価値があるということとも違う。 香辛料の中の唐辛子、洋がらし、ワサビ…、 色々あ...