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8月, 2022の投稿を表示しています

8月29日

  山の修行の信念体系のお話し 様々な信念体系の意識で探索をしている時に 山の修行をしている方々の信念体系を見た時がありました。 なんのこと? どういうこと? と思われると方もおられるでしょう。 ここでは詳しく説明しませんが 忍者🥷なら忍者 神父さんなら神父さん それぞれの信念体系があって 亡くなられてもその信念は変わらずに その信念領域に留まっておられる方がいます。 色んな信念体系の中で わたしはなぜか? 意識で 山岳信仰、山岳修行の信念体系に行き そこにいた方をを見せられたのです。 それは、何年も前の事でしたが わたしが見たのは洞窟のようなところで 祈りを捧げている方のようでした。 がむしゃらに身体を酷使して 山を走り滝に打たれて祈りを捧げていたのです。 足は擦り切れ傷だらけやせ細っていました。 どんなに修行しても その方の心のうちには絶望感があったようです。 自分に打ち勝つ事が出来ない。 自分を制する事が出来ない。 そんな思いだったようでした。 そして食を断ち 餓死していったようなのです。 わたしが鞍馬山に行ったことと (アメブロに書きました) この 山での修行の亡くなった方の信念体系の領域にいた方を 意識で訪問したことは何か関係があったのかもしれません。 いくら行動で示しても 辛い過酷な修行をしても この方は 自分の心から解放される事がなかったのです。 自分の心から自由になる。 どうしたらいいのでしょうね…。 自然を感じ太陽や月や大地の声を聞くことで ある時ふと わかることなのかもしれません。 太陽や月や星々を見上げる。 大地を歩き、この地球を感じる。 自然と一体になって静かになる。 この自分が自然そのものので 一部であるとわかる。 何もしなくても 最初からすべて受け入れられていた。 愛されていた。 満たされていた。 とある時わかる…。 山で修行されていた方々を 天狗👺さまも見ておられたのでしょうか。 宇宙とつながる時に 自然と力は流れる。 ギュッと握りしめた信念を パッと離してしまえば その信念は ただ自分が思い込んでいただけだと知る。 山の厳しい修行で 悟りを開いた方ももちろんいらっしゃると思います。 しかし中には 挫折をして亡くなった方もおられるのかもしれません。 今日もあいまるのホームページのダイアリーまで お散歩下さりありがとうございま...

8月19日

  亡き母との対話 皆さまお盆はいかがでしたでしょうか? わたしの地域では旧暦の7月がお盆でしたが 全国的には8月のお盆が主流でしょうか。 そのお盆ということもあって 亡き母との対話をしてみました。 母は 「あなたの好きにしなさい」 こう繰り返し言ってました。 突き放す感じではなく あたたかい感じで言うのです。 好きにする…。 なるほどね…です。 自分の好きをするって究極なことですよね。 これには責任も伴うわけです。 好きにしたのだから それはどう転んでも自分の決めたこと。 誰かのせいにはできません。 自分の好きをしたら 結果は どうあれそれでよし!です。 自分の好きは 心に素直に正直にという事です。 心に時に葛藤があっても 悩みを抱えていても 自分の好きを大切にするという事です。 尊重する事です。 誰かにこう言われたから従うではなく この自分の好きを貫き 心の羅針盤に従う事。 それが このわたし達の大切な個性です。 それは 自らの直感に 素直に従うということなのかもしれませんね。 自分の好きを追求するということは 嫌いなことを我慢してやらない。 自分らしくない事は無理やりしない。 とことん この自分を抱きしめて 徹底的に 自分の好きをする! って事ですね。 自分を偽って 我慢を強いていると 病気にもなります。 『自分の好きにする』 これは 地球にいるすべての人に 語りかけたい言葉かもしれません。 好きをした事で 一つの経験が生まれます。 そこから 次の先のストーリーが始まり 次の好きが出てきたら それに従う。 素直にその時の その心に忠実に従うのです。 この単純なことを わたしの亡き母は わたしに繰り返し言っていました。 わたしを産み育ててくれた母は わたしを信頼してくれてるからこそ 「あなたの好きが最善だから そうしなさい」と言ってくれました。 皆さんも お盆には故人を思い出したかもしれませんね。 亡くなった方々は この地球経験の大切さを話してくれます。 生きていることの大切さ。 どんな経験も貴重な宝だという事。 どんな瞬間もそこに気づきや祝福がある事。 神さまも わたし達に 「あなたの好きにしなさい」と言ってくれてる のではないでしょうか? そして どんな経験もあたたかく見守って下さってる。 本当に ありがたいことだと思います。 今日もあいまるのホーム...